グラマン
マッサンで北海道空襲の話をしていたので、実際の話は体験者に聞いてみるのが一番リアルだと思い、当時17歳だったお婆ちゃんに聞いてみた。

周りで亡くなった人の話、夜間も船が炎上している話など戦争の怖さがわかりました。

Sponsored Link

 

余市ではないですが興味ある方は読んで下さい。

お婆ちゃんは道南の函館に近い地区に住んでました。函館は市街地に爆弾を投下されたり機銃掃射で攻撃されましたが、主に連絡船など船舶を中心に攻撃されたそうです。しかし、それだけではなく市街地から離れた地域にも飛んできて攻撃しました。

話を聞くと、米軍戦闘機の機銃掃射から逃れるために鉄道のトンネルに入ろうとしたときに撃たれて亡くなった人を見たそうです。その方は子供を背負っていたために周りから遅れて二人共撃たれてしまったという悲しい話でした。また、防空壕に入るのは16歳まで、17歳を過ぎると家を守らなきゃならないから入れなかったと言ってました。

戦闘機が飛んでくるたびに、えんどう豆の畑が見つかりにくいから姉達といつも隠れていたそうです。夜になると父たちと暗い所に隠れて海を見ていると、船が攻撃され炎上するたびに「またやられた」とつぶやいた父の言葉が今でも頭から離れないそうです。

 

戦争の話を聞いて思うこと

戦争を経験したお婆ちゃんの辛さは話を聞いて伝わってきました。戦争を知らない自分が掛ける言葉もなく、ただただ聞くばかりでした。おそらくお婆ちゃんの頭の中には当時の光景がリアルに浮かんでいるのでしょう。

お婆ちゃんの強さは死と隣合わせの戦争を経験したからだと思いました。自分はなんて平和に暮らしているのだろうと考えさせられましたね。過去に何回か戦時中の話を少しだけ聞いた記憶はありますが、改めて体験者しかわからない貴重な話を聞けて良かったです。